《 アレクセイ・ヤグディン 》

Alexei Yagudin

1980年3月18日、サンクト・ペテルブルグ(ロシア)生まれ。

先に行われたソルトレークシティ・オリンピック、

フィギュアスケート男子シングル金メダリスト。

4歳のときからスケートを始め、

'96年、世界ジュニア選手権優勝。

'97年の世界選手権に初出場で3位。

'98年長野オリンピックでは、体調不良で5位と不本意な成績に終わる。

同年、世界選手権で歴代2位の若さで初優勝し、'00年まで3連覇を達成。

身長175cm、体重65kg。

かつて私は、「自分の子供のような年代の男に、セクシャリティーは感じない」と

自分のサイトの中で、大見得をきった事がある。

早々と前言を撤回しなければならなくなる時が来ようとは

予想だにしなかった。

今回ばかりは、21歳の若者にヤラレタッ!という感じ、正にノック・ダウンである。

私の、深いとは言い難かったフィギュアスケートへの思いは、

彼のスケーティングによって一変したと言える。

ヤグディンのスケートの魅力は、氷上の芸術家と称されるように

何と言ってもその表現力にあると思う。

だからと言ってテクニックが疎かなわけではなく、

確たる技術力に裏打ちされた個性という意味での表現力であり、

そうでなくては、あの見事なステップもスピンもジャンプもできるわけはなく、

その事は世界選手権3連覇という偉業を達成した事により、証明済みであろう。

'98年の世界選手権で同年の長野五輪の雪辱を果たしたヤグディンだったが

それでも彼はなかなか認められなかった。

個性に乏しく、ウルマノフ('94年リレハンメル五輪の覇者)のコピーだという言われ方もしていたらしい。

直接の指導者だったミーシンコーチからは面と向かって

「お前は良いスケーターになれない」と何度も言われたと語っている。

(因みにヤグディンは、ロシア国内のチャンピオンになった事は一度もない)

ミーシンコーチやロシア協会はヤグディンより更に若手の

エフゲニー・プルシェンコに力を注いでいたのである。

――ついこの間までエフゲニーと言えばカフェルニコフだったのに(笑)――

ヤグディンは、ミーシンに別れを告げ、長野五輪金メダリストのクーリックを育てたコーチ、

タチアナ・タラソワに師事すべく、アメリカに渡る、

ミーシンなら決してしないと言っていたような何かをする為に。

彼自身が直接タラソワに電話をしたらしいという話もある。

ここで彼は劇的な変化を遂げるのである。

タラソワは、個性が乏しいと言われたヤグディンのスケートを破壊し、別の物に再生し、

楽曲にストーリー性を持たせ、

ただ難易度の高いジャンプを跳ぶだけではなく、

物語の主人公になりきってドラマティックに滑る事を要求した…

そうしてできたプログラムが

ショート・プログラムのサーカス、フリーのアラビアのロレンスであった。

その後もブロークン・アローやグラディエーターなど

二人三脚で作り上げたプログラムはドラマ性に満ちており、

(残念ながら↑のどのプログラムも、私はじっくり観たことがない)

ヤグディンのスケートは観客だけではなく、

審判までをも酔わせたのである。

そして2002年、ソルトレークの舞台で、それは昇華したのだ。

Winter(SP)で冬の世界に生きる喜びを、

仮面の男(フリー)では、鉄火面をつけられ幽閉されていた主人公が

解放されて王として迎えられるまでを、

映画さながらにリンクの上で表現してみせた。

これまでのフィギュア界にはなかった個性がそこには、ある。

エキシビジョンの Ancient Land (彼自身は overcome―克服の意か?―と命名しているがでは、

かつて芸術点が出ない要因として上げられたそのスポーツマン的な肉体美をフルに活用し、

喝采を浴びている。

私は終わった後も、しばらく立ち上がれない程の衝撃を受けた。

何度観ても素晴らしい。

あんなスケートは観た事がない。

私は心底、惚れ込んでしまったのだ。陶酔したと言い代えても良い。

ヤグディンという選手の背景を知るにつけ、

その思いは更に深まるのである。

幼少時の父親との別離、単身アメリカに渡った勇気ある決断、

率直に答えているインタビュー、若者らしいヤンチャな側面等々。

スキャンダルも結構ある。

飲酒事件:お酒と責任者への暴言でツアーを解雇されている

女性への暴力事件:これについては否定している

同性愛疑惑:それでも私は構わないが、どうも違うみたいだ

人は、あれやこれや言いたがるものである。

ミーシンコーチとの確執について質問された彼は、

会えば、あくまでも厳格であくまでも礼儀正しい態度で接するが

2人の間には、どんな暖か味もない、

と答えている。

一方、タラソワコーチとは、親子のような間柄であるらしいが、

練習中は、厳しい言葉が飛び交っていると言う。

時にはヤグディンが4文字単語をタラソワにぶつける事もあるそうな…。

ヤグディンが金メダルを獲得した後のタラソワの一言がふるっている。

採点問題に抗議するロシアに対して、

ロシアが何をしてくれたの?キャビアを1kgくれただけじゃないの。

キャビアを貰ったらしいっす。

オリンピック前にNHKで放送された銀世界のアスリートたちを途中から観て、

ヤグディンとプルシェンコについての予備知識はあったものの、

こんな収穫が待っていようとは思いもしなかった。

まだまだ私の知らない彼の横顔を、これから探って行くつもりである。

私の今の正直な気持ちは、

ヤグ、どうしてくれるのよ!

ってとこかな。

取りあえず目前の世界選手権、キャンセルしないで来てくれると有り難いのだが…。

アリョーシャ&スケート関連は↓こちらへ

etude

[ 参考資料:雑誌『Number -544〜アレクセイ・ヤグディン 氷上の芸術家

      Alexei Yagudin Fan Site(BBS)―SPECIAL THANKS !!

]

(03/05/02)


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