《 同人誌・青い実 》

今は無き作詞・作曲のサークル。

〜詳細は語らず〜

中学生の頃に流行したフォークソングの影響でギターを始め、

自分の言葉で自分のメロディーで歌を唄う事に目覚めた私。

多感な思春期は様々な経験がそのまま歌詞になり

近所の、同じ趣味を持つ「お兄ちゃん」に曲をつけてもらったりしていた。

その頃に書きとめたものが一冊のノートとして今、私の手元にある。

譜面はなく、あるのは歌詞と赤ペンで記したギターのコードだけ。

それでも私は全部歌える(笑)。

最初のページの一曲目はタイトルが「待つ事に慣れても」。


♪待つ事に慣れても 眠ってしまっては

愛する人が来た時 くちづけをされるまで

わかるわけもないだろう…


これはその頃のボーイフレンドの部活が終わるのを

自分の部室で待っている間に寝てしまったという経験からできた詞である(笑)。

あー、恥ずかし(^^;

今読み返してみると、何とも意味不明な歌詞が多いこと。


♪いっぱいの 光の中に あなたがいて 私がいて

そばには 七色に光る 大きな噴水

二人の愛は 水に浮き

喜びだけが 輝いて見える

そっと触れ合う ピンク色の唇が

あの日ひいたルージュの感触を 思い出させる


キスでルージュの感触なんか思い出すわけはないだろうに。

いい加減な事この上なしである。

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さて、それから時は流れ、大阪で幸か不幸か結婚までしてしまった私は

ある日新聞で『作詞・作曲サークル・青い実』を発見する。

それまで忘れていた何かに突き動かされるように代表者の方にお電話をした。

それが『青い実』と私の出会いであった。

最初の例会に持参した私の詞は、

その頃に感じていた自分自身の事を客観的に捉えたもので、

初心者ゆえにけなされずに済んだ。

その中にこんなくだりがある。


白いドレスも似合いはしない 頑固な女 24歳


24歳だったんだ、あの時。

しかも着て行った服は白いワンピースで、

「○○さん、似合いますよ、白い服」と言われてしまう。

頑固かどうかは初対面ではわかりかねるという事だったのか?

『青い実』の魅力は何と言っても自分の作品が活字になり

プロを目指して勉強中の作曲家のたまご達が

曲をつけてくれるかも知れないという事だった。

私が出産で休会、育児に追われて退会するまでの2年半、

寄稿した作品は数少なかったが二つの詞に曲が付いた。

タイトルは「三人模様」と「嘆きのシンデレラ」である。

お一方はテープまで送って下さった。

現在の歌謡界では全然流行らないだろうなぁ(笑)。

上手いなぁと唸るような人もいた。

色んな所へ投稿・応募して賞金を得た人もいた。

ある日TVを観ていて、知ってる人が出演しているのに驚いた事もある。

しかしプロへの道はどんな職種でも厳しいものだ。

あの時の仲間で今現在その道で活躍している人はいるのだろうか?

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私が大阪に出て来る事になった時、

作曲担当だった(笑)近所のお兄ちゃんは就職祝にと

新品のギターを私に買ってくれた。

もう今は指も動かなくなり、コードも忘却の彼方。

長い間戸だなの奥深くしまいこまれていたが最近日の目をみる事となった。

我が家の若者が今練習中。

こうして希望は次世代へと引き継がれて行くのだな(んな大袈裟な…)。

もっともそれじゃ飽き足らず、

エレキギターが欲しいと言っておりますが。

(05/12/00)


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